trainrioの世界

鉄道ファンの私、trainrioが、独自の鉄道趣味の世界を書いてゆきます。

いよいよ3年生に

春休みが明け、いよいよ3年生になるんだなと胸を膨らませて4月の始業式に勇んで登校しました。
自分のクラスだった2年5組の教室にまず向かい、それから荷物を持って体育館で全校集会をして校長先生のあいさつと話、新任の先生の紹介等が済んでそのまま体育館に残り、名簿を元に新しいクラス別に並び、元の担任の先生とお別れして新しいクラスにそれぞれ散って行きました。
僕は3年4組になりました。1・2年のとき児童が住む区域(分団)別に学期の中頃や終わり近くに割り当てられた教室で会合があったとき、僕の区域にあたる愛国東分団は3年4組の教室で会合していたのでかねてから3年4組がいいなと思っていましたが、本当に4組になりうれしくなりました。
前のクラスで仲の良かった男子や親しかった女子とまた一緒になり、また別のクラスでもご近所さんでよく人生ゲーム等で遊んだ人、そして何より前年暮れに父の職場の忘年会をやった飲食店の息子さんや詩文集を出して学年で有名になった女子と同じクラスになって、ますます楽しくなりそうとワクワクしてきました。贅沢を言うなら、2年のときの学芸会の「さるかに合戦」で共演した他のクラスの女子とも一緒になれればと思いましたが、彼女たちは1組になりました。
学年の先生たちは、1・2年からそのまま全員持ち上がりと思いましたが、1組と2組だった先生は5年の担任に、僕のいた5組と4組だった先生はまた1年になり、3組だった女の先生が唯一僕たちの学年になり、3年4組の担任になりました。他のクラスの先生たちはいずれも他の学年から移ってきて、名前は知ってても顔は知らなかった先生ばかりでした。
終業式から帰宅して母に
「4組になってまた同じクラスだった○○君たちと一緒になったよ、あと近所の○○君や忘年会やった飲食店の子とも」
と話すと、
「あら、良かったじゃない、近所とあの飲食店とこの子も?楽しみだね」
と喜んでいました。
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  1. 2015/09/18(金) 11:38:41|
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学級お別れ会

2年の3学期は、スケートがうまく滑れなかったり、給食を十日ほど続けて残して問題視されたところもありましたが、図工で作った紙袋に折り紙を切り抜いて作った貨物列車を貼って高評価をいただいたり、掛け算のテストで上位10人に入ったりと、とても気分が良く、正月からの「今年は何か楽しそう」というワクワク感に拍車がかかりました。当時朝にSTVテレビ放送されていた子供番組「おはよう!こどもショー」を毎日見ていましたが、ただでさえ楽しかった番組がこのときは一層楽しく感じられました。

入学して不適応と偏食と運動下手で問題視されながらも徐々に溶け込み、学芸会で活躍の場をいただいたり鉄道好きで一目置かれたりと、思い出の多かった2年間でしたが、3年になるときにクラス替えをすることになったので、終業式の2~3日前に「学級お別れ会」をしました。
会の数日前にクラスの女子の家に行って会の打ち合わせをし、各班に分かれてある班は劇をしたり、クイズの問題作成やゲームの小道具を作ったりと、息付く暇もありませんでした。
そしてお別れ会当日、別の班が「シンデレラ」の劇をしたり、昨年末の終業式後に学校近くの会館でやった「お楽しみ会」で使うときに作った、絵札がB4サイズの大きさの大型カルタを、先生が読み札を読んで僕らクラス全員で駆けて札を取ったり、その他いろんなゲームがあってお母さん達も参加して仲の良かった男子のお母さんが勝って賞品をもらったりと、1学期末と2学期末のお楽しみ会以上に盛り上がりました。
僕の班は歌を歌いまして、最初に4人全員で音楽の時間に習った歌を歌い、それから今度は一人一人別々にテレビで流れている歌を歌いました。その中で僕は前年暮れからNHKの「みんなのうた」で流れていたダ・カーポの「宗谷岬」を歌いました。
当時同時期に流れていた「山口さんちのツトム君」と並んで話題になった「宗谷岬」は、毎日見ていても聞き流すだけで覚えることがない「みんなのうた」の曲の中で数少ない、自分が印象に残って覚えた曲の一つですが、この曲で、それまで名前は知っていても認識の薄かった稚内と宗谷岬の位置をくっきりと認識しました。
歌い終わり、お別れ会自体も終了して後片付けをしていると、クラスの男子の一人が僕のところに来て
「あの『宗谷岬』って歌、いい歌だし、上手だったよ」
と褒めてくれて、うれしくなりました。

お別れ会が終わって数日後に2年最後の終業式があり、成績表や鉛筆等の記念品をいただいて、午前中で帰宅しました。悲喜こもごもの2年間を無事に終え、これから3年生になるのかと思うとワクワクしてきました。春休みに入り、小学校入学から楽しみに見ていた毎週金曜日の「がんばれロボコン」と毎週土曜日の「秘密戦隊ゴレンジャー」が共に終了し、これで小学校低学年がすっかり終わったのかと、気持ちに区切りが付いたような気分でした。
  1. 2015/09/11(金) 18:40:47|
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我ながらの力作

冬休みが終わって3学期が始まり、普段の授業に加えて釧路の冬の風物詩であるスケート授業が始まりました。うまく滑れないながらもどうにか乗り切り、他の教科では算数の掛け算で満点を取ったり、社会でも以前は林業やら街の商店のことはさっぱりだったのが国鉄の駅員さんや作業員さんの仕事のことになると鉄道好きと祖父が国鉄マンだったことで力を発揮してテストで満点で先生に驚かれたり、また2学期の終わりごろに作文に国鉄の運転士になりたい夢をつづって先生に励まされ学級通信に載せられたりと、思わぬところで鉄道好きが役に立ちました。
社会以外では、2月か3月ごろに図工で画用紙で紙袋を作りまして、紙袋の絵柄をみんな折り紙でそれぞれ思い思いの切り絵で飾っていましたが、そういう中僕は蒸気機関車が引く貨物列車の切り絵を貼りました。大好きな貨物列車だけに折り紙を切って貼るのは楽しく、それに触発されたのか近くの男子2人がブルートレインの切り絵を貼りました。
出来上がって先生に見せると、先生が
「おおッ、すごいな!」
と驚き、デザインや紙袋自体の出来等の総評価で「A」をもらいました。
それまで図工はどちらかというと身が入らず、特に絵が下手で最低評価ばかりでしたが、今回の「A」評価は初めてでとてもうれしく、作文にこのことを書いて、先の鉄道の運転士の夢と同様、学級通信に掲載されました。力作の貨物列車の切り絵の紙袋は、しばらく自宅の机の上に置いて満足感に浸りました。
  1. 2015/09/02(水) 20:15:18|
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