trainrioの世界

鉄道ファンの私、trainrioが、独自の鉄道趣味の世界を書いてゆきます。

3年振り3度目の札幌③

翌8月5日、今度は伯父の運転する車で、かねてから僕がリクエストしていた小樽に、伯母と上の従兄を除く5人で行きました。初めて行く小樽だけにどんなところだろうとワクワクし、朝8時くらいに家を出ました。
札幌から小樽に向かうとき、国鉄函館本線に沿っていくものと思いましたが、行けども行けども車窓から線路が見えないのでどうしたことかと思いきや、ようやく道路から下の方に線路と海が見えました。国道5号線よりも高いところを通る札樽バイパスを通りましたが、5号線もバイパスも線路よりも離れて高いところを通るので、線路が見えないのも道理でした。
ようやく小樽の中心部に入り、初めにおたる水族館に入りました。網走のオホーツク水族館に次いで2度目の水族館でしたが、オホーツク水族館よりも広くて規模が大きく、円柱状の建物の壁に水槽がはめ込まれて、らせん状の緩いスロープを歩いて水槽の魚を見るのは、オホーツクの通常の角形水槽を平面の通路を歩いて見るのとはまた違った新鮮さがありました。外に出るとトドやペンギン等の大型海洋動物がいる水槽があり、トドに向かって割り箸でエサの魚をつまんで投げると、キャッチして食べてくれました。
売店で観光客用のお土産の5色のペンが連なったのを欲しかったけど買ってもらえなくて少々不満でしたが、気を取り直して、次に僕のお目当ての、北海道鉄道記念館に向かいました。
当記念館は、前年に父が札幌出張時に買ってくれた鉄道の図鑑で紹介されていて、小樽市の手宮という場所にありました。館内には開業当時の木造の扇形車庫と、その中に「しづか号」「大勝号」という当時の蒸気機関車と客車、羽を回転させて雪を遠くに飛ばす方式のロータリー除雪車、また庫外には羽を開いてかき集める方式のマックレー式除雪車やかつて小樽~長万部間で客車急行「ニセコ」を引いていたC62形蒸気機関車等が展示されていました。また併設の資料館には北海道の鉄道の歴史の年表や写真が展示されていて、鉄道好きの僕にはうってつけでした。
北海道の鉄道は、北海道開拓のためにアメリカ人の手によって1880(明治13)年にまず小樽の手宮と札幌の間に開業しました。手宮の港から開拓のための資材と人を札幌まで運びましたが、そのとき活躍した蒸気機関車は、先の「しづか」「大勝」ほか「弁慶」「義経」といった名前のが走り、アメリカ製らしく前方下にはよく西部劇に出てくる機関車のように、カウキャッチャーという、三角形に組まれた牛よけ用の桟木が付いていました。鉄道はその後北に向かって延び、2年後の1882(明治15)年、幌内まで開業してそこの石炭が手宮まで積み出されました。当時の幌内の石炭は質が良く、手宮から本州のほか中国へも輸出されたそうです。
記念館はその北海道の鉄道発祥の手宮駅構内にあり、手宮駅自体も貨物駅として機能していて、当時は駅横の製粉工場に小麦を運ぶ専用の白色の貨車やその他いろんな貨車が出入りして停車していました。
まだまだ記念館を見ていたいのをこらえて、夕方4時近くなったので札幌に帰りました。小樽の中心部を抜けると車窓左手に小樽築港駅が見えました。当時の小樽築港駅は機関区や貨物の操車場、石炭の降ろし場があって多くの機関車や貨車がひしめいていてにぎやかでした。機関区はこのころは既にディーゼル機関車と電気機関車の基地と化していましたが、かつては先の鉄道記念館のC62やD51、9600といった蒸気機関車の牙城で、特にC62は小樽~長万部間を客車急行「ニセコ」を引いて峠越えをしていたことを後に知りました。また、石炭の降ろし場は北海道最初の鉄道開業時からの伝統で、幌内や砂川、歌志内、そして夕張からの石炭が降ろされていました。更に操車場は先の手宮駅ほか小樽港の埠頭に通じていた専用線の貨物の集散場でした。
車で帰る途上だったのであっという間に駅横を通過しましたが、止めてもらって駅構内をじっくりと眺めたいほどでした。
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  1. 2016/02/23(火) 22:23:16|
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3年振り3度目の札幌②

一夜明けて4日、伯父は仕事に行ったので、伯母と下の従兄、そして母と妹と5人で札幌の街に繰り出しました。
家のそばのバス停からバスに乗り、前年に開業した市営地下鉄東西線の当時の東の終点・白石駅から、生まれて初めて地下鉄に乗りました。地下鉄自体も新鮮でしたが、何より改札がすべて自動改札になっていて、国鉄の駅で駅員さんに切符にハサミを入れてもらうのが当たり前だっただけに、切符挿入口に切符を入れてハサミ代わりに小さな丸い穴が開いた切符が出てきたときは感動しました。自動改札は小学1年のときに買った鉄道の本で、国鉄では常磐線の取手駅と武蔵野線の全駅で導入されていたのを知っていましたが、札幌の地下鉄にもあったのは驚きでした。切符を改札機に入れるとき、裏にして入れて
「ピンポンピンポン!」
と警報音が鳴り、扉が閉まって出られなかったのにも驚きましたが、表にして入れ直すと普通に抜けられました。
ホームに出、東西線の車両に乗ったときは、もうワクワクしっ放しでした。当時の車両は3つドアの4両編成で屋根にはパンタグラフがあったのは普通の電車と同じでしたが、車輪がゴムタイヤで中央に案内軌条があるというスタイルは、二本の鉄のレールと鉄の車輪に親しんでいただけにこれも新鮮でした。
「1番ホームから琴似行きが発車します、ドアが閉まりますのでご注意ください」
の自動アナウンスが流れ
「プー」
というホームの発車音が鳴ると、ドアが閉まり、いよいよ発車しました。車内のつり革の広告には、北海道では北海道テレビ(HTB)で放送されていた、テレビ朝日系列のアニメ「くまの子ジャッキー」の宣伝が描かれていました。
菊水、バスセンター前といった駅に止まって大通駅に着き、ここで72年の札幌冬季五輪を前に先に開業していた南北線に乗り換えて北に一駅だけ乗り、国鉄札幌駅と連絡するさっぽろ駅で降りて地上に出、駅前の東急百貨店に入りました。東急百貨店はSTVテレビで毎日夜6時50分から5分間の放送の「STVニュース」の当時のスポンサーでCMでしょっちゅう名前は聞いていましたが、本当に行くとは思いませんでした。
エレベーターやエスカレーターで上に上がり、おもちゃ売り場を見ると、アメリカ型のHOゲージの鉄道模型が¥12000で売られていましたが、ただでさえ鉄道模型はねだれず、編成も今一つ気に入らなかったので言いませんでした。その一方、当時テレビで宣伝されていたタカトクの「シュルシュルカッター」というおもちゃがあり、物珍しさもあって買ってもらいました。
「シュルシュルカッター」は、細くて短い針金を電池で赤熱させ、発泡スチロールの薄い板をその熱で切ってパーツを作り、それで動物等を組み立てる、工作玩具でしたが、動物等を組み立てなくても熱で発泡スチロールを切ること自体が面白く、まさに理科の実験でもありました。
また、当時タカラから発売されていたコンパクトな折り畳み式ボードゲームの「スクールパンチ」というシリーズがあり、その中で僕の好きな鉄道ものの「鉄道輸送ゲーム」があったので、迷わず買ってもらいました。本ゲームは蒸気機関車を模したコマが4個、積み荷が牛や豚や石油、丸太や米等12種類、盤上に駅が12駅、ポイントが10ヵ所あって、コマ一個につき積み荷が3つでそれをそれぞれ指定の駅に運ぶもので、マスには
「2コマ進む」「ポイントを3つ動かす」「1回休み」
等と、普通の双六でもおなじみのルールや鉄道輸送らしいルールがありましたが、駅が大笑いもので
「頭狂(とうきょう)駅」「駄(だ)駅」「素虎(すとら)駅」「美遺風捨(びいふうすて)駅」
等と、日本の首都や労働用語、食べ物等をもじった駅名ばかりで、特に「駄駅」は伯母が
「ツバみたいね」
と笑っていました。
更には別のコーナーで千円くらいでおもちゃ釣りをやっていて、僕と妹で釣竿を持ってリボンで結んで包装された品物を釣りました。開けてみると中身は大きな書類ケースで、釧路に戻って自宅で使いました。加えて文房具売り場にはアメリカの昔の蒸気機関車の絵柄の筆箱があり、これも買ってもらいました。
そんなこんなしているうちに、いつの間にか僕だけがはぐれてしまい、どうしようかと思いましたが、一階に降り、店の前に商品を置いた棚があり、落語家の三遊亭円右師匠のCMでおなじみだった「マスコット爪切」が売られていて、当時発売され始めたキーホルダー付きの動物型の小型爪切りがかかっていたのでそれを見てじっととどまっていると、やっと母たちが来て
「やだ、どこにいたの?心配したわよ」
とみんなして安心しました。僕も道も何も知らない札幌で迷子になったらと思っていただけになおさらでした。

伯父宅に戻り、シュルシュルカッターや鉄道輸送ゲーム、そして当時人気だった「生き残りゲーム」の進化版「生き残り頭脳ゲーム」が既にあったので、妹や従兄と一緒に遊びました。「生き残り~」はレバーを操作して玉を落とすものでしたが、妹と従兄ばかり勝って、僕はなかなか勝てませんでした。
夜に伯父と上の従兄が帰って来てその日の夕食は鉄板焼きでした。当時人気の電気式ホットプレートで牛肉や野菜を焼いてみんなでつつき合いましたが、当時普段はなかなか野菜を食べなかった僕が思い切ってピーマンを口にすると、母が
「あら兄ちゃん、珍しい」
と、いつも野菜を食べないことを注意していただけに驚いていました。
  1. 2016/02/09(火) 23:03:04|
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