trainrioの世界

鉄道ファンの私、trainrioが、独自の鉄道趣味の世界を書いてゆきます。

釧路での観劇①

不適応で始まった1年生、ふざけが目立ち先生に怒られつつも学校になじんでいった2年生を経て、夏休みを中心にたくさんの思い出ができた3年生も半ばを過ぎた釧路の小学校時代ですが、3年生のときは鉄道や旅行、サイクリング、市内見学のほか、主に子供会を通じての観劇の機会も新たに得ました。2年のときにも厚生年金体育館で「雪ん子」という、白い着物を着た女性のマペット人形劇を母同伴で子供会ぐるみで見ましたが、内容は記憶になく、クラスが新しくなって楽しいことが続いた3年生になってから見たものが思い出に残っています。

新しいマンションに引っ越し、柔道に通い始めた5月、2年のときまでの同級生だったF君兄弟母子と妹含む僕たち母子とで、厚生年金体育館近くのビルの2階の貸しホールで「トランク劇場」というコミック劇を見に行きました。
「風の子」という劇団の公演で、初めにトランクから暗幕を取り出して横に張り
「おてとてとてとててとてと」
と、女性の団員が呼び掛けたのに合わせて僕たちも復唱し、その暗幕の上で3人程の手が音楽に合わせて
「パン、パパ、パン、パパ…」
と手拍子をし、それから暗幕から3人の団員が出て、うち1人の抱えるギターに合わせて歌い踊り、最後に
「トランク~トランク~♪」
と歌いながら階段を下りるような仕草で暗幕に隠れていきました。
それから暗幕を引っ込め、団員が出て来て、綾取りでタワーや時計の「午後3時」を表現しながら
「四つの山の~♪」
等と歌い踊りましたが、柔道の時間が近付いたようで、F君が
「おい、行くぞ」
というので、柔道をサボって最後まで見たかったのをこらえて体育館へ柔道に向かいました。
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  1. 2016/10/26(水) 23:07:22|
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秋も深まり…

月が改まって11月になりました。北見の2番目の叔母の結婚式からちょうど1年になり、なんて早いのかと思いました。
月が変わるのと同じくして、班替えがありました。夏休み明け以来の班替えでしたが、同じ班の女子の一人にバカにされ続けて泣いたことがあっただけに、ようやく彼女から解放されて晴れ晴れしました。
新しい班は僕を含めて男子4人・女子3人の計7人で、前年の父の会社の忘年会でお世話になった飲食店の子のTM君、学校前の「みどりのおばさん」の子で1年のときからずっと一緒のTNさん、詩文集を出版して有名になったYNさんたちがメンバーで、気心知れた人たちで楽しめそうな気がしました。
更に、11月に入り1週間くらいのとき、市内の大楽毛(おたのしけ)からTN君という男子が転校してきて、前月のMDさん転入と共に、クラスににぎわいをもたらしました。10月に行事が目白押しで、それらが終わって少し寂しくなっていましたが、班替えと転校生のおかげで気分が一新されました。

  1. 2016/10/20(木) 09:39:04|
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その他もろもろ③

3年になって習字の授業だけ校長先生が教えたのが意外であり新鮮でしたが、その校長先生の前任校の、釧路市内で最も古い日進小学校で、6月中旬だったと思いますが火事があり、木造モルタルの校舎が全焼しました。月曜の真夜中12時過ぎに漏電か何かで火が上がり、その日の朝刊の一面に掲載されました。
朝の朝会でも校長先生から火事の話があり、教室に戻って担任の先生が、日進小学校の先生たちも書類が焼けて大変だったことを話していました。僕たちは鉄筋コンクリートの校舎でしたが、他人事とは思えませんでした。
帰宅して改めて朝刊の一面の火事の写真を見ていると、ちょうど夕方6時から再放送されていた少女アニメ「魔女っ子メグちゃん」で流れていた、どことなく物悲しいカルメン調のエンディングと相まって、その火事に一層胸を締め付けられそうになりました。

前に戻って、3年になったばかりの、まだ前のマンションに住んでいた4月の土曜の午後、妹が卒園したばかりの愛国幼稚園で、当時テレビ朝日の朝のワイドショー番組「モーニングショー」等での教育評論でおなじみだった、坂東義教先生が講演に来まして、事前に届いたビラで知っていたので、母と妹、ご近所さんたちとで見に行きました。
テレビであの独特の口調の講演を見てよく笑いましたが、生身のご本人はまさにテレビで見るそのままで、ずっと笑い通しでした。北海道在住だけに、一層親近感が湧く先生でした。
坂東先生はその年の参議院選挙に出馬し、公示のポスターでも顔を見ましたが、当選はなりませんでした。

5月に新しいマンションに移ってまだ間もないころ、母が買物で留守しましたが、たまたま鍵を置くのを忘れて家に入れず、ドアの外でずっと待つハメになりました。
学校前の横断歩道で「みどりのおばさん」をしていた、1年のときからの同級生の女子TNさんのおばさんが自転車でそばを通り過ぎたときに
「どうしたの?」
と聞いてきたので、鍵がなくて家に入れないことを話すと、そばにあった針金をドアノブの鍵穴に入れて開けようとしてくれましたが、開きませんでした。
途方に暮れましたが、同じマンションの向かいの棟に住む、妹と同期のABさんたちが、食べていたポテトチップスを分けてくれたので、それを食べて母の帰りを待ちました。
5時半ぐらいだったでしょうか、母が帰って来て、鍵がなくて入れなかったことを話すと
「ごめんね」
と謝って、鍵を開けて、ようやく家に入り、安心しました。

再び6月で、19日だったと思いますが日曜日、HBCテレビで朝10時から放送されていた「世界のこどもたち」という番組を見ました。
父の勤めていた乳業会社グループがスポンサーで、タイトル通り世界中のこどもたちの生活や活躍振りを、中村メイコさんのナレーションで紹介するものでしたが、この日はドイツの子供たちが鉄道模型に親しむ様子が放送されました。
模型で遊ぶのみならず、大人たちがその模型を造る作業を子供たちも喜々として手伝っていて、鉄道好きの僕まで見ていて楽しくなりました。その模型を段ボール箱に詰め、送り先を大きなスタンプで押すと、その赤い文字に
「JAPAN TOKYO」
と記されていて、日本に輸出されるのがわかり、胸にグッときました。
番組の最後に、その鉄道模型を抽選でプレゼントする旨が放送され、急いで宛先をメモし、ハガキを書いて、妹と一緒に愛国郵便局前のポストに出しに行きました。「どうか当たりますように」と願いをこめて投函しましたが、残念ながら当たりませんでした。

バス遠足や学芸会が終わって少し寂しい気がした10月の下旬、それまで全く転出転入がなかった我がクラスに転校生がやってきました。
MTさんという女子で、東京の八王子から来たということでした。東京都内から来たというだけでもびっくりでしたが、八王子というと、前年に父が買って来てくれた鉄道の図鑑に載っていた八王子機関区の写真で名前を知っていただけに、一層八王子の名前が印象に残りました。
班は別でしたが、彼女とちょこちょこ話し、水疱瘡で休んでからまだ顔にかさぶたが残った状態で再び登校して来たときは
「具合はどう?」
と安否を気遣いました。
  1. 2016/10/02(日) 23:51:39|
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