trainrioの世界

鉄道ファンの私、trainrioが、独自の鉄道趣味の世界を書いてゆきます。

北見の鉄道の変化

2度目の札幌から戻り、GWも明けていつもの保育園生活に戻りましたが、保育1年目2年目と同じ先生だったのが3年目は前年に着任した若い先生に変わりました。
元々みんなの輪の中に入らず一人で鉄道の本を見るのが好きでしたが、それでも誰かと一緒に遊んだことも少なくなく、目立って孤立したわけでもありませんでした。
ただ一つ問題だったのは、2年目に入園して僕のクラスに入って来た女の子がいてものすごく好きになり、何かと彼女と一緒になりたがっては迷惑がられ、3年目のその年になると彼女が他の人と遊んでいると陰でカリカリしたりで保育園の連絡帳にそのことを先生に書かれて両親に知れ、叱られたりたしなめられました。偶然にもその子は母の義兄と同じ職場だった人の子で、伯母達の話題にもなり、両親にすればいい恥さらしでした。
恒例の保育園の夏休み前の親子旅行も、その年は網走の天都山に寄り、生意気にも彼女とツーショットを撮ってもらえたものの、帰宅してから彼女が買ってもらっていたとうきびのマスコットを僕も欲しかったと泣いて駄々をこね、両親に叱られました。
その一方的な片思いを戒めたかったのか、父はこのころ僕に
「鉄道趣味やめろ」
と度々言っていました。

それにも構わず僕の鉄道好きはやみませんでしたが、北見の鉄道の風景も入園時から追うと変化していました。
入園した72年はまだ蒸気機関車が主流で国鉄の北見機関区の扇形車庫は蒸気機関車が大半でディーゼルカーがぽつぽつ、その蒸気機関車も有名なD51やC58、9600とバリエーションに富みました。D51とC58は一目見てわかりましたが、9600は当時はどうも得体が知れず、最近になって
「ああ、あれ考えてみれば9600だったな、D51よりは小さい感じだけどC58よりは大きかった」
とようやく認識しました。
それが初めて札幌に行った翌73年になると北見駅構内は蒸気機関車よりもディーゼル機関車の方が多く見られるようになり、本線用は凸型のDD51が客車や貨車を引いていましたが、貨車の入れ換えにはDD14という、冬場の除雪用で片側に運転室がある箱型のが毎日のように働いていました。保育園から帰るとよく駅近くの踏切まで行って入れ換え作業を見まして
「僕も国鉄に入ってDD14に乗って入れ換え作業をするんだ!」
と夢を膨らませたものでした。

そして74年になると蒸気機関車がますます数を減らし、入れ換えも図鑑の絵ではかねてから見ていたけど実物ではまだ見ていない、凸型でも運転室が中央から少し片側に寄った、DE10というディーゼル機関車に変わりました。
父もしきりに「デーイーデーイー」と呼んでいましたが、僕も絵でしか見られなかったのが実際に見られただけに印象深く、当初はDD14の方が良かったと思いつつも、いつしかDE10の入れ換え光景が当たり前になっていきました。
先の片思いがうまくいかず帰宅してから泣いたその年の親子旅行で網走の天都山にバスで登った際には、窓から外を見下ろすと何と蒸気機関車(おそらくC58)3重連で最後の方がタンク車数両の長い貨物列車が通過して行くのが見えました。このころは蒸気機関車の末期が近付いていて、北見地区の管轄の鉄道局の計らいでファン向けに先の石北本線呼人~網走間の天都山付近ほか、「幽霊の出るトンネル」で有名だった同線生田原~金華間の常紋トンネルでも貨物列車がD51と9600との3重連で運転され、トンネルの北見側入口の信号場にはカメラを構えた鉄道ファンが大勢集まったそうです。

うまくいかない片思いに泣いた親子旅行のことも忘れて保育園時代最後の夏休みに入り、家族4人と母方の義兄一家5人の計9人で網走湖に泳ぎに行きました。
前年札幌に行く前に初めて行ったときは女満別駅そばの浜辺でしたが、今回は石北線呼人~網走間の線路沿いの場所でした。先の親子旅行でも寄った、売店のある駐車場に車を止めて保育園最後の夏休みを楽しむように泳ぎつつ、ディーゼルカー2両程の普通列車や特急「オホーツク」が通り過ぎるのをチラチラ見ました。
そして再び泳ぎに夢中になっていたころ、母が
「兄ちゃん汽車来たよ!」
と声を上げたので線路の方を見ると、DE10が引く長い貨物列車が網走方面に向かって気持ち速いスピードで走って来ました。機関車に続いて車掌車、タンク車が何両か、その他いろんな貨車が連なって再びタンク車、有蓋車、そしてコンクリート製の電柱を積んだ無蓋車を最後尾にトンネルの彼方へと消えていきました。保育園時代最後の夏休みを締めくくるかのような、見てて楽しい貨物列車でした。
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  1. 2015/04/06(月) 22:21:16|
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コメント

今はもう、見られない

 リオ様、今はもう見られない、貴重な光景ですね。
大正時代の4桁数字のSLの現役時代が見られたなんて、羨ましいです。
現在、東室蘭駅の外れに、先月全廃となった、711系赤電車が大量に
留置されています。解体待のようです。
ここでも、ひとつの時代が終わったという、現実ですね。
  1. 2015/04/17(金) 00:03:36 |
  2. URL |
  3. hagejs #-
  4. [ 編集 ]

Re: 今はもう、見られない

hagejs様、東室蘭に711系電車が集められて解体待ちなのは仕方がないにしても、今のJR北海道の車両や線路がトラブル続きなのを見ると、組織が疲弊して整備に手が回らず収益優先の体質が明け透けなのがわかります。そんなんだったら新幹線よりも在来線の整備に投資しては。
当時は気付かなかったけど、大正生まれのSLを見られたのは実に貴重でした。
  1. 2015/04/17(金) 06:47:05 |
  2. URL |
  3. trainrio #-
  4. [ 編集 ]

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