trainrioの世界

鉄道ファンの私、trainrioが、独自の鉄道趣味の世界を書いてゆきます。

釧路での生活の前に…

北見時代の落ち穂拾いで、北見時代で最も楽しかった73年、女満別に泳ぎに行く前の7月の日曜日、僕たち一家と母方の伯母一家と伯母の店の店員さん達とで車でサロマ湖に行き、浜辺で豚汁パーティーをしましたが、サロマ湖に向かう途中美幌の製糖工場の横を通りました。美幌駅と製糖工場を結ぶ専用線の踏切を渡りましたが、警報機が無い手動式遮断機だけの第二種踏切で、当時は既に全廃されて無かったはずが残っていたまれなケースでした。遮断棒が普通なら黄色と黒の二色なのが赤と白だったのも印象的でした。そして踏切を過ぎて工場の横を通ったとき、今度は工場内の専用線のガーター橋と車止めが見え、僕の心をくすぐりました。
専用線といえば、北見駅でも駅から初めに少しばかり国鉄→JR池北線(後の北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線を経て廃止)に沿いそれから南東に延びて僕の自宅近くのスーパー裏の小学校近くの北見バスの車庫付近まで通じていた専用線がありましたが、こちらは北見の農協のタマネギ貯蔵庫と石油タンクにつながっていて、バスの車庫付近の車止めが終点でしたが、面白かったのはその専用線と北見機関区前からまっすぐ南西に延びる道路との踏切が、遮断機も警報機も無い代わりに道路用の三色信号機があって、普段は青のままで列車通過時に黄色から赤に変わるもののようでした。その専用線は北見在住時には石油用のタンク車をかすかに見た記憶がありますが、北見から出て後年北見を訪れた時にはタマネギ貯蔵庫前に白い冷蔵車が3両ほど止まっていました。冷蔵車は魚や肉以外にタマネギ輸送の用途もあったようです。

同じ年のクリスマスには今度はプラレールでなくヨネザワ(現・セガトイズ)の汽車のおもちゃを買ってもらいましたが、前年に買ってもらった同じヨネザワの蒸気機関車けん引の貨物列車セットと同様のブリキの車体で、電気機関車と機関車に固定連結された電池ボックスを兼ねたタンク車・平ボディーの荷台に乗用車を2台載せた車運車そして活魚車の4両編成でした。前年に買ってもらったのと違うのは、連結器の形が変わっていたことでした。
プラレールの方も、前年のクリスマスと夏の札幌のときに続いて秋には貨物車両セットを買ってもらい、こちらは有蓋車・タンク車・丸太積みの無蓋車そして車掌車の4両で、さらに楽しみが増えました。
その貨物車両セットは翌74年に父が札幌に出張したときにお土産として同じのを買って来てくれ、所有車両が更に増えてにぎやかになりました。出張帰りの父を夜の北見駅で母と妹とで待っていたとき、ホームに止まっていた貨物列車のタンク車が駅構内の大きな照射灯に照らされて光っていました。そして22時23分、札幌からの急行「大雪4号」が改札すぐ前の1番線に着き、大勢の降車客に混じって父が現れ、僕にその貨物車両セットを渡してくれました。

片や、北見時代最後の74年は片思いに傷付くほかに鉄道でも「屈辱」を味わいました。主に北海道の鉄道模型ファンで知る人も少なくない北見の老舗模型店「鳩屋模型」に、Nゲージを発売する前のトミーのアメリカ型のHOゲージの鉄道模型が売られていまして、「ドッグノーズ」と呼ばれる犬の頭の形のあのディーゼル機関車に大型の有蓋車・タンク車・無蓋車そして「カブース」と呼ばれるアメリカ特有の凸型の車掌車の5両編成で一目見て欲しくなりました。
しかし両親はプラレールのときと違ってあくまでも「ダメ」の一点張りで、泣きはしなかったもののいくら駄々をこねても買ってもらえず、隣の祖父母宅で買ってもらった綿飴を食べてやっと落ち着きました。その後、鳩屋模型の並びの空き店舗に伯母のクリーニング店が洗濯物受け渡し所を出して、母が一時そこで働いていて、保育園が終わると店に遊びに行き、そのついでに鳩屋模型のショーウィンドーの先の鉄道模型を見に行って、買ってもらえないせめてもの慰めにしました。
また、同年9月の北見神社のお祭りの露店で、当時バンダイから出ていた「ミニミニレール」という鉄道のおもちゃが売られていまして、オレンジの国電でこれも鉄道模型さながらにリアルで欲しくなりましたがやはり買ってもらえず、別のぜんまいで動く汽車のおもちゃにしろと母に言われましたが嫌で、そのままお祭りが終わり後味が悪くなりました。

しかし北見を離れてからその後、思わぬときに先の「ミニミニレール」を買ってもらえ、更に大きくなって今度は思わぬ場所で先のとほとんど同じアメリカ型の鉄道模型セットを入手することになります。
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  1. 2015/04/19(日) 23:03:50|
  2. 鉄道
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コメント

今も昔も

 リオ様、昔も今も鉄道模型は高いもので、ご両親も戸惑ったでは?
自身は模型はあまり興味がなく、本物を田舎の敷地に置いて、そこに
住んでみたいと思っておりました。
 車の免許を取るのにも苦労したもので、自身は運転手は無理だなと
思い、乗り鉄と沿線から眺める専門にしております。

 かつては、工場から専用線がたくさん伸びていた時代、ほのぼのとした
のんびりしていた時代、懐かしく思います。札幌の地下鉄のように、すぐに次々電車がとくる駅は
馴染めません。
  1. 2015/04/23(木) 22:39:56 |
  2. URL |
  3. hagejs #-
  4. [ 編集 ]

Re: 今も昔も

hagejs様、なるほど、鉄道模型が高くて、それで両親も戸惑ったとはうなずけます。
ちなみに僕は鉄道模型は日本で人気のNゲージよりもHOゲージの方にひかれていました。
本物の車両を田舎の敷地に置いてそこに住んでみたいとはロマンですね。
車の免許を取るのは僕も苦労しましたが、それ以前から鉄道の運転士になる夢は消えていました。

電車が次々と来る光景はいいのですが、地方駅での貨物取り扱いや専用線が激減したのは寂しいです。
  1. 2015/04/23(木) 23:23:43 |
  2. URL |
  3. trainrio #-
  4. [ 編集 ]

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