trainrioの世界

鉄道ファンの私、trainrioが、独自の鉄道趣味の世界を書いてゆきます。

釧路での鉄道の思い出③

小学校時代初の運動会が終わり、夏休みも近付く7月に入り、不適応が元であろう給食での好き嫌いはエスカレートし、ついには放課後残されて延々と先生に説教され、学級新聞にそのことを書かれ、一時は二度と学校に来るなと言われる始末でしたが、その週の金曜日の給食の時間に母が僕の食べ具合を見に教室まで来て、たまたまそのときメニューが僕の食べられるものだったので完食し、1学期はとりあえずその問題は治まりました。

小学校初の夏休み前の終業式後に雨だったので教室前の廊下で「おたのしみ会」でかけっこや末広町のレストラン「笛園」の細長い風船を膨らませる競争をして楽しみ、いよいよ夏休み本番に入りました。
7月末にまず母と妹との3人で釧路発9時20分の特急「おおぞら2号」で帯広の母方の伯母のところに行きました。釧路から帯広までの短距離で食堂車には入らなかったので73年に「おおとり」に乗ったときと違って特急に乗ったという実感はありませんでしたが、当時の「おおぞら」は10両編成で堂々たる日本の高度成長期の列車の風格をたたえていました。車内放送で一番最後が1号車と聞き、
「あれ、1号車が先頭でないの?」
と思いましたが、後年列車の号車順は線区や列車、上り下りや進行方向によって違うことを知りました。
特急でも短距離乗車だったのでおそらく今でいう「特定特急区間」で通常よりも安い料金だったと思いますが、それはともかく、小学校入学前以来4ヶ月振りの帯広は、前回の雪が残っていたときと違って今度はかんかん照りの中で、また違う楽しさがありました。
2日目には帯広柏葉高校に入学して間もない従姉と初めて帯広動物園に行き、キリンや象等の定番の動物を見るのに加え、遊園地で乗り物を目一杯楽しみました。遊園地の乗り物は旭川の旭山動物園や札幌の円山動物園ほか、北見にもパークランド(現在のファミリーランド)があって楽しみましたが、帯広動物園のは北見パークランド以来の楽しさを感じました。帰りに動物園横の森林公園を通りましたが、木にカブトムシがいて近くの子供が塗った砂糖水にたかっていたのに驚きました。
3日目は伯母と一緒に帯広市街に出て老舗の藤丸百貨店等に入りました。札幌の五番館や三越等は別格として、これまで北見の金市舘やまるいいとう、釧路の金市舘や丸三鶴屋、くしろデパートと百貨店巡りはどこでも楽しいものでしたが、帯広の藤丸は北見や釧路の百貨店のような地域密着さと札幌のそれのような豊富な品揃えを兼ねているかのようで、ずっととどまっていたいくらいでした。おもちゃ売り場には当然鉄道のおもちゃもありましたが、レールなしの車両だけのセットが置いてあり、赤い電気機関車と黄色いタンク車、とび色の箱型貨車そして黒い車掌車の4両で欲しいと思いましたが、反面どこか物足りない気がして欲しいと言い出せませんでした。
市街にはバスで行きましたが、帯広駅横を通ったとき、構内で貨車の入れ換えをしていたのに釘付けになりました。

4日目は最終日で帯広駅から札幌から来た急行「狩勝1号」で帰りました。「狩勝」は3月にも乗りましたが、当時は列車名を知らず、このときに列車名を知りました。
スポンサーサイト
  1. 2015/05/05(火) 21:33:35|
  2. 鉄道
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<釧路での鉄道の思い出④ | ホーム | 釧路での鉄道の思い出②>>

コメント

自身も

 リオ様、自身も愛国小学校の教諭には大いに不信感を持ったことが多かったです。
当時の教育は今となっては、間違っていた部分が多いと思い、冷たい印象でしたね。
楽しい思い出とともに、思い出したくない過去も多いですね。
でも、卒業して30年以上も経つと、セピア色になり、懐かしく思いますね。

 それはさておいて、帯広駅も高架化され、立派になり、当時の面影はないですね。
もはや、キハ183系も来なくなり、あのころの活気はありませんが、なぜか、ふと帯広に
行きたくなる事があり、年に何度か足を運んでおります。釧路に動物園があるのに、
家族で帯広の動物園に行ったことがあります。
急行狩勝、結局一度も乗らずに、終わってしまいました。直角シートで音別の海岸線を
見てみたかったですね。急行のキハ56,27編成にも、かつては、車内販売があったと聞いていましたが、本当でしょうかね? 係員は何処に詰めていたのでしょう?
  1. 2015/05/06(水) 20:33:54 |
  2. URL |
  3. hagejs #-
  4. [ 編集 ]

Re: 自身も

hagejs様も愛国小学校の先生に不信感をお持ちだったんですか。暗い話だけに自身の不適応を書くのははばかるところですが、さりとてカッコイイことばかり書くのも偽善っぽいのであえて書きました。
僕は運動オンチや食べ物の好き嫌いを問題視されて嫌な思いをし、それからしばらく釧路自体にいい印象を持ちませんでしたが、なぜか当時の担任とは年賀状の交換が続いています。5年前に釧路に寄ってその先生と会う予定でしたが、先生の方が都合が悪く会えませんでしたので、来月訪れる際はお会いできればと思います。

帯広はここ40年ご無沙汰で、何より母方の親戚が札幌に越したので行く由もありませんが、父の釧路時代の同僚が転勤で住み、定年後もそのまま住んでいます。また僕の札幌の中学の同期が某三大紙の記者でいるのを知り驚きました。
釧路にいながら家族しておびひろ動物園に行くとは、釧路とはまた違った見所があるんですね。
帯広駅は地上時代しか知らないだけに、高架駅がどんな具合か、来月釧路に向かう際に車窓から見るのが楽しみです。

キハ56・27・キロ26の急行には車内販売もありました。
73年夏に初めて北見から札幌まで乗った急行「大雪1号」にもあり、アイスクリームを買ったのを覚えています。温かいコーヒーのポットもカートの上にありました。
販売員さんとカートはおそらくグリーン車の業務用室で待機していたと思います。よって車販はグリーン車付きの急行だけだったのではないかな。
  1. 2015/05/07(木) 11:18:56 |
  2. URL |
  3. trainrio #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://trainrio.blog.fc2.com/tb.php/17-9c9e98f0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)