trainrioの世界

鉄道ファンの私、trainrioが、独自の鉄道趣味の世界を書いてゆきます。

釧路での鉄道の思い出⑤

小学校初の夏休みが終わって二学期が始まり、みんなと久々に顔を合わせ、休み中にどこそこへ行った話で盛り上がりました。学級通信に載せる作文に北見に行ったことを書きましたが、当時作文ができなかった僕は文章が短く、先生に
「もっと楽しかったことを書いてくれるとよかったね」
とコメントされました。当時の担任は作文にも厳しく、短かったり主述がはっきりしないと何かしら言われました。
給食も以前よりは食べられるようにはなったものの、それでも残して先生に目を付けられたり、残したものを持ち帰って父に平手打ちを食らわされたりしたこともありました。

そんな中、10月になり、秋の遠足がありました。春は徒歩で当時の雄別鉄道線の跡の盛土を歩いて現在の新くしろ川沿いの河畔公園へ行きましたが、秋はバスで市内を巡って鶴ヶ岱公園へ行きました。徒歩で近くまでと違い、バスでの遠足は普段そうそう足を延ばせないところへ行くだけに、北見の保育園時代の親子旅行同様に興奮しました。
小学校を出てひたすら道路を走り、まず大楽毛や新富士方面に行くと、根室本線の線路が見え、ディーゼル機関車が引く客車の普通列車が見られました。そして新富士駅辺りから港に入ると、鉄道の引き込み線とそこに止まる石油用のタンク車群が見えました。それから釧路駅前を通り東釧路駅付近から春採湖に行くと対岸に石炭輸送用の専用鉄道が見え、その専用鉄道に沿って市の南側の港湾地区の知人町や入舟町に行くと、その専用鉄道の引き込み線が見えて、市内にこんなにも鉄道スポットがあるのに驚きもし、喜びもしました。
鶴ヶ岱公園でバスを降りてみんなでお弁当を食べ、再びバスに乗って残りの場所を巡って帰りました。旧釧路川(現・釧路川)に架かる久寿里橋(くすりばし)を渡ると、左岸の倉庫群の間からオレンジ色のディーゼル機関車が箱型の貨車の入れ換えをしていたのが見えました。先の石炭輸送用の専用鉄道がその倉庫群まで延びていて、石炭以外にも一般の貨物を扱っていたようでした。市内観光を兼ねた釧路時代初のバス遠足は、市内の港の引き込み線と運炭鉄道が初めて見られて興奮の連続でした。
後日学級通信のバス遠足の作文に港の引き込み線や春採湖の石炭鉄道のことを強調して書き、自分でも読んでて楽しい遠足だったことが伝わってきました。
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  1. 2015/05/18(月) 07:24:59|
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コメント

初めてのバス遠足

 リオ様、小学校初のバス遠足、自身の時は動物園でした。
この日は生憎の雨天で、ジェットコースターにも乗り、帰路のバスは
体調不良の生徒の続出。

 かつての釧路は至るところで引き込み線や貨物線があって、機関者の
数も桁違いに多かったのですね。1986年頃、余剰になったDD51が何両も
放置されている光景を見ました。現在、寝台特急の廃止で、北海道からもう
ほとんどのDD51が消えようとしています。
  1. 2015/05/19(火) 22:58:13 |
  2. URL |
  3. hagejs #-
  4. [ 編集 ]

Re: 初めてのバス遠足

hagejs様、小学校初のバス遠足は動物園だったんですね。
雨天なら中止か延期のはずが決行で、帰路のバスは体調不良の児童続出じゃ、ジェットコースターの楽しさも半減のほろ苦でしたね。

1986年頃は国鉄分割民営化を控えて釧路近辺のみならず全国で貨物削減や客車列車削減のあおりで機関車の廃車が相次ぎましたね。
DD51の大量廃車は老朽化もあります(何せ登場から半世紀が過ぎています)が、今後道内の数少ない客車列車はDF200もけん引を担うのでしょうか。DE10やDE15も来年再来年で半世紀ですし。
  1. 2015/05/19(火) 23:11:12 |
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  3. trainrio #-
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