trainrioの世界

鉄道ファンの私、trainrioが、独自の鉄道趣味の世界を書いてゆきます。

列車での初遠出①

さて、ようやく本題。

保育園の1学期の終業式後の73年7月暮れに女満別に行き、明けて8月の上旬ごろだったと思いますが、かねてから予定していた札幌の伯父の新築祝いに行く日がやってきました。
早朝に前日に予約したハイヤーで家族4人と祖父母の計6人で北見駅に向かい、待合室で列車を待ちました。
改札と待合室の真ん前の1番線にブルーのかっこいい列車が停車していて、グリーン車等が連結されていて、乗ってみたいと憧れました。その列車、僕たちがこれから乗る札幌行きの列車より先に網走方面に向かって発車しましたが、4年後にその列車に乗ることなど誰が想像したでしょうか。
改札が始まり、夏の多客期でごった返していた他の客と共に僕たちは改札から最も向こうの4番線まで歩き、ホームに着いたところで網走から来た札幌行き急行「大雪1号」に乗り込みました。時期が時期だけに自由席では乗れなかったでしょうから、恐らく指定席を取ったと思います。
列車は5分程停車の後、午前6時39分に出発しました。これまで行った網走や置戸・本別方面と違い初めての旭川・札幌方面への線路は見るものすべてが新鮮でまさに「別世界」でした。北見を出て2時間程である駅に止まり、驚いたことに向きを変えて発車しましたが、そこは遠軽という駅で、網走・北見方面と旭川・札幌方面を結ぶ列車はすべてこの駅で進行方向を変えることを知りました。
車窓には目も暮れず列車が遠軽から上川町への峠を越えることも知らず僕は家族とのおしゃべりに明け暮れました。列車が峠を越えてジャンプと層雲峡温泉への玄関口の町・上川に着くと、外は雨が降っていました。
駅構内には僕たちの列車と同じく旭川・札幌方面に向かうであろう貨物列車も停車していて、僕たちの列車を先に送って発車するのを待っていたようでした。
上川を出ると道路が線路に沿ってきて、列車と伴走するかのように軽トラがワイパーをかけながら走っていました。列車の窓は雨粒がビュッ、ビュッと打ち付けました。
北見から続く山間や農村の風景が徐々に住宅地の風景に変わり、ホテルやデパートの建物が見えて、列車は北海道の「へそ」とも言われる旭川に着きました。旭川は前年、母方の親戚たちと車で旭山動物園に行き、帰りに市内を走って以来でしたが、列車で通るのは初めてでした。
旭川駅に滑り込むと、車窓から屋根にパンタグラフの付いた「電車」が僕の目に飛び込んできて、思わず
「あ、電車だ!」
と声を上げました。それまで北見で蒸気機関車やディーゼル車両ばかり見て、電気車両は絵本や図鑑の写真でしか見たことがなく、北海道にはないし一生見ることはないだろうと思っていただけに、北海道でも電車が見られると知ったのはこの上ない喜びでした。
向かいの線路には貨物列車が止まっていて、ちょうどコンテナを積んだ貨車が見え、コンテナには
「国鉄コンテナ 戸口から戸口へ」
と宣伝文句が書かれていて、まだ少数派だったこのコンテナが日本の鉄道貨物輸送の主流になると言うかのようでした。
停車時間中には僕たちが食べたアイスクリームのカップ等のおびただしい数のゴミを、清掃のおばさんたちが必死でかき集めていました。

旭川を出ると、列車はスピードを上げたようでした。
それもそのはず、旭川から先の線路は北見から旭川までのと違いスピードが出せる上に、これまでの単線と違い複線で、盛んに反対方向の列車とすれ違いました。すれ違う際に反対の列車が
「パアァーン!」
と汽笛を鳴らしたのも印象的でした。
列車が滝川から先石狩平野の田畑の中を走ると、線路沿いには農協や礼服・学生服等の大きな看板が立てられていました。北見周辺の鉄道沿線の看板は精々木造住宅に取り付けられたホーロー看板ぐらいだけに、これもまた新鮮でした。
滝川か岩見沢辺りでは、僕たちの乗る急行の通過を待っていたであろう茶色やブルーの客車列車が向かいのホームの線路に止まっていて、人の乗る客車がズラッと続いてそれから茶色の荷物車とブルーの郵便車と来て赤い電気機関車が先頭にいました。旭川での「電車」に続いて今度は初めて「電気機関車」が見られ、またうれしくなりました。
岩見沢を出て終点まで後少しというところで、進行方向左手に大きな茶色の塔が見えましたが、これが「北海道百年記念塔」で、その名の通り、北海道の開拓百年を記念して建てられた塔で、建造当時から観光名所になっていたようでした。
田畑の風景から森林の風景、そして住宅地を経て大きなデパートやホテルが見えて、列車は正午過ぎ、目的地の札幌に着きました。伯父が迎えに来ていて、伯父の車とタクシーで家に向かいました。
新築したての家は広く、木の香りが強く漂っていました。外出する前に両親が着替えを済ませ、僕と妹は従兄たちと雨が上がったばかりの外でしばらく遊び、これから札幌で過ごす楽しいであろう4日間に備えました。
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  1. 2015/01/27(火) 22:54:07|
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コメント

 本当に、国鉄時代は、多くの旅客、貨物列車があって、子供心をくすぐったものでした。
効率だけが優先される現在とは違い、大きな無駄も味がありましたね。
  1. 2015/01/30(金) 23:29:14 |
  2. URL |
  3. hagejs #-
  4. [ 編集 ]

またのコメントありがとうございます

hagejsさん、ほんと国鉄時代の「無駄」は味がありましたね。
JRが効率第一なのは大いに結構ですが、国鉄時代程でなくても、その「無駄」を効率と並行して随所に散りばめてくれるといいと思います。JR北海道なら、例えば札幌と釧路を結ぶ夜行列車を「おおぞら」の車両の間合い運用で復活させ、深夜時間帯に駅員を配置しなくてもいいように、例えば新得に0時台に着いて4時間程停車して5時くらいに発車するという風にしてはと思います。

直接メールできるように、僕の名前をクリックできるようにしておきました。
  1. 2015/01/31(土) 08:14:22 |
  2. URL |
  3. trainrio #9E4Vcsrg
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