trainrioの世界

鉄道ファンの私、trainrioが、独自の鉄道趣味の世界を書いてゆきます。

北見の叔母の結婚

その月の学芸会で急きょ主役に抜擢されて活躍し学年でちょっとした有名人になり舞い上がった熱も冷めやらぬ76年10月末、北見の父方の二番目の叔母が結婚することになり、一家して北見に行きました。
10月30日の土曜日、一度登校して先生に事情を話してすぐに教室を出、玄関に迎えに来た母と妹とで大急ぎで釧路駅に向かいました。父は午前中仕事で終了後に車で後を追うということでした。
駅に着き、自由席急行券を買って改札に並び、9時00分発の網走・北見経由札幌行き急行「大雪3号」で北見に向かいました。9時発の札幌行き「大雪」で北見に向かうのは北見から転勤で釧路に移ってまだ間もない74年12月以来でしたが、学校の長期休みの旅行と違い親類の結婚式だけに少々緊張感を伴い、どんな車窓だったとかどんな列車とすれ違ったかなど全く覚えていなくて、とにかく早く北見の父の実家に着きたいばかりでした。
13時過ぎに北見に着いて実家に入ると、札幌の伯父一家や警察に勤める函館の伯父、名寄に移ったかつての本別の伯母夫婦等、父方の兄弟姉妹たちが全員そろってにぎやかでした。札幌の伯父一家と名寄の伯母夫婦とは北見時代以来2年振り、函館の伯父とは初めて会いました。
今回の主賓の二番目の叔母は、北見駅の正面右にあった国鉄旭川鉄道管理局北見総合事務所で電話交換手をしていた国鉄マンで、お相手は北見機関区に勤めるディーゼルカーやディーゼル機関車を運転する機関士さんと、まさに祖父の古巣に勤める者同士でした。
久々に親類が大勢集まったのでおぜんを囲んで食事やらお酒やら談笑で盛り上がりました。僕も札幌の従兄と2年振りに会って話をして楽しみました。夏休みに札幌に行けなかっただけに、その従兄や伯父と話すのは楽しく、来年こそは札幌への思いがほのかに湧き上がりました。釧路で午前中の仕事を終えた父も夕方に車で来て、実家は一層にぎわいました。

翌31日は日曜日で、夕方5時ごろから式だったので朝から叔母の花嫁衣装の着付けや僕たちもキチンと服装を調えたりと、緊張で息つく暇もありませんでした。
式場に着き、式が始まって、新郎新婦の親類や友人たちを中心に盛り上がる中で、僕や妹や従兄たちはジュースを飲んだり目の前の食事に手を付け、式のにぎやかなムードを感じ楽しみました。
式が終わり実家に戻ると、二次会と言わんばかりに祖父母や父を始め親類全員して酒やビールを交わし、僕たち子供組は横でジュースやお菓子を飲み食いしました。ハエが頻繁に僕の頭に止まり、札幌の一番上の叔母の主人がしきりに僕の頭をハエたたきでたたきました。
夜も遅くなったので僕たち子供組は布団に入りましたが、父たちはその後も夜明け近くまで飲んでいました。

翌朝、月が変わって11月1日になり、僕たちは父の車で大急ぎで釧路に帰りました。
本当なら式が終わってすぐに釧路に帰るはずが叔母の結婚式ともなれば父もその後の酒の席を外す訳にもいかず、翌朝帰ることになりました。
夜明け近くまで飲んでいただけに父も眠気と闘いながらの運転で、さすがに途中でつらくなり、当時の国鉄相生線の終点北見相生駅近くの商店横の道路脇に車を止めて少しばかり仮眠しました。学校に遅れるだけにそわそわしましたが、事情が事情だけに責める訳にもいかず父の眠気が少しでも覚めるのを待ちました。
眠気が回復して父も運転を再開し、昼11時過ぎにようやく帰宅しました。母が遅れた旨を学校に電話してくれ、隣に住む隣のクラスの男子のおばさんの運転する車でようやく登校しました。教室に入ると4時間目の学級会の途中で、僕が誕生会係になったことを聞きました。
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  1. 2015/08/09(日) 21:23:51|
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  4. | コメント:4
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コメント

ハードなスケジュールで

 リオ様、幼少期からハードな移動を経験されてたのですね。
あの時代は、今とは違い、融通も色々ききましたね。当時の愛国小は
自身の時代より、多くの小さな行事があったようですね。

 リオ様、釧路ブログの閉鎖、大変残念です。
155回以降のコメントから、一部のズレたコメントが多く来るようになり、
違和感を感じておりました。これは、やばくなってきた、、、、
そう感じてから、予想どおりの展開となりました。

 ただ、こちらも野望がありまして、別の形でと思っております。
釧路ブログを応援して頂き、本当にありがとうございました。
  1. 2015/08/11(火) 14:36:38 |
  2. URL |
  3. hagejs #-
  4. [ 編集 ]

Re: ハードなスケジュールで

hagejs様、思えば僕は幼少期からハードな移動を経験してきたようです。
父の仕事の都合上休みが短かったためでしょうが、そのハードスケジュールの経験が後に生きるとは…。
ほんと当時は、病気以外の事情での早退や途中登校が許されて、ご近所さんも協力してくれたりでいい時代でした。婚礼だったのもあったのでしょうが。
また、当時の愛国小学校の行事は運動会や学芸会以外の定例外の行事が目立って、勉強やスポーツで厳しかった中でのオアシスでした。追い追いそのことも書きます。

釧路ブログの閉鎖は身を切られるような苦渋の決断だったことでしょう。
少し前から目に付いた誹謗中傷に僕も我慢できず、ヤツに報復のコメントを数回したら、非公開コメントで誹謗中傷を続けたのが察せられました。
正直ヤツにはすべてのブログなりネットサイトに首を突っ込む資格はありません!
新しい釧路ブログの早期開設を僕も渇望いたします。
  1. 2015/08/11(火) 15:21:06 |
  2. URL |
  3. trainrio #-
  4. [ 編集 ]

ありがとうございます。

 新釧路ブログ、渇望して頂き、ありがとうございます。
準備を着々と、、、ムフフです。
  1. 2015/08/13(木) 10:42:06 |
  2. URL |
  3. hagejs #-
  4. [ 編集 ]

Re: ありがとうございます。

hagejsさん、お待ちしております。
  1. 2015/08/13(木) 11:41:51 |
  2. URL |
  3. trainrio #-
  4. [ 編集 ]

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