trainrioの世界

鉄道ファンの私、trainrioが、独自の鉄道趣味の世界を書いてゆきます。

3年振り3度目の札幌④

小樽で水族館と鉄道記念館を堪能させてもらった翌6日の土曜日、これも伯父の車で今度は札幌の北部近郊の、海に面する石狩町(現・石狩市)に当時住んでいた、父方の一番上の叔母のところに、伯父と下の従兄と僕と母と妹とで行きました。
一番上の叔母は主人が電電公社に勤めていて、僕が北見時代によく顔を合わせていたときは札幌市内に勤め住んでいましたが、このころは石狩局勤務で町内に住んでいました。北見や釧路に住んでいただけに僕たちはその叔母のところにこれまで行ったことがなく、今回初めてお邪魔しました。
自宅は海に近かったようで、裏手に砂地が広がっていました。石狩町自体も行くのが初めてで、札幌近郊に鉄道の通らない町があったのも新鮮に思えました。窓を開けてレースのカーテンを閉めていただけに、暑い中でも涼しい風が程よく入って快適でした。
叔母とその主人と従姉弟そして僕たちとで9人とにぎやかになり、差し出されたスイカと麦茶で談笑しました。下の従兄がちょこっといじわるをしたのにムッとした場面もありましたが、前年10月の二番目の叔母の結婚式で北見で会って以来の叔母たちとの時間は、伯父と従兄がいたこともあって、あたかも北見の父方の祖父母宅がそのまま石狩町にあるかのようでした。
にぎやかな時間を終えて車で叔母宅を離れ、前日の小樽への道中とはまた違った風景が目に入りました。石狩町が札幌のベッドタウンでもあったらしく住宅がちらほらと見えましたが、その住宅も徐々に密集して、再び札幌市内に入ったようでした。
石狩から札幌への道路を南下すると、鉄道の踏切に差し掛かり、僕が乗っていた助手席から見える左手に駅が見えました。意外な場所で線路が見えたので
「この線路何線?」
と聞くと、伯父が
「これは札沼線だ」
と教えてくれました。テレビのニュースで名前は目にしていましたが、「さつぬません」と読んでいたところを初めて「さっしょうせん」と読むことを知りました。札幌の一つ小樽寄りの桑園駅から北上して滝川市の真西に位置する新十津川町の新十津川駅まで通るローカル線ですが、僕が保育園に入った1972(昭和47)年までは深川市より北西に位置する沼田町の石狩沼田駅まで通っていたので、札幌の「札」と沼田の「沼」を取って「札沼線」と名付けられました。そのことを祖父母宅にあった国鉄の百年史写真集で知っていて、
「昔は沼田まで行っていたんだよね」
と言うと、伯父と母して
「ほう、よく知っているじゃない」
と笑いました。
しかしその札沼線の踏切の通りと左手に見えた駅の周辺に、その後思わぬご縁があること、またその札沼線の終点の新十津川町が母方の祖母に深い縁があったことなど当時は知る由もありませんでした。

帰宅して夕食を終え、土曜日なので夜7時からHBCで「日本昔ばなし」、7時半からHTBで「ジャッカー電撃隊」、8時から再びHBCで「8時だヨ!全員集合」と、当時お決まりの子供達に人気の番組を楽しみ、チャンネルはそのままで9時からは伯父夫婦と母が「Gメン'75」を見ました。「キイハンター」から人気があった丹波哲郎主演のTBS系土曜日夜9時のドラマ枠は、「キイハンター」は少し見たことがあるもののその後の「アイフル大作戦」と「バーディー大作戦」は番組名すら知らず、小学校入学のときに始まった「Gメン」は番組名は知っていても夜9時でいつもは寝ている時間で見られるわけがなく、内容はわからないながら今回初めて見ました。
その「Gメン」が終わって夜9時55分から「お天気メモ」という天気予報があり、これも初めて見ましたが、北見や釧路にもあったデパート「金市舘」の提供で、慣れ親しんできたデパートが番組のスポンサーという意外さに驚きました。
その「金市舘」提供の「お天気メモ」は、呉服や洋服中心のデパートらしくバックの画像がファッションの先端のイタリアかフランスの街の風景で、金市舘のテーマソングと言われていたBGMがコミカルで印象的でした。そのBGMを聴いて、北見の金市舘を思い出し、更には何故か北見の祖父母宅に貼られていた北見駅の時刻表の一番下の池北線(後の北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線で現在は廃止)の欄に、始発列車が新得行きとなっていたのを思い出しました。新得というと、帯広に近く釧路からは日に3往復普通列車が運転されていましたが、北見からも1往復運転されていました。池北線の北見から池田方面の列車は池田と帯広行きが大方だっただけに、新得行きは意外でした。
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  1. 2016/03/04(金) 12:40:43|
  2. 鉄道
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  4. | コメント:2
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コメント

へぇ〜

 リオ様、池北線が新得まで行っていた時代があったのですか。驚きました。それだけ沿線に人がいたのですね。北見にあった金市館は何処にあったのですか? 駅の近くでしょうか? 石狩も市となり、沿線の住民は激増しましたが、学園都市線の浦臼から新十津川までの一日3往復の路線も、今月末のダイヤ改正で、1往復となります。もう、廃止が近いということでしょうね。
  1. 2016/03/08(火) 15:56:05 |
  2. URL |
  3. hagejs #-
  4. [ 編集 ]

Re: へぇ〜

hagejs様、そう、池北線の列車が新得まで行っていた時代があったんです。それだけ沿線に人がいたのでしょうし、何より列車の利用率も高かったのでしょう。北見の金市館は駅のまさに真ん前で、跡地は今ホテルの工事中です。駅から向かって旧金市舘の右側にはかつてこれも地元百貨店の「まるいいとう」があり、跡地には北見信金の本店が建っています。石狩が市となり、札沼線沿線の人口が激増する一方で、浦臼から新十津川までが3往復になり、今春1往復になることなど、札幌時代の僕には予想もつきませんでした。1往復にするなら何故廃止にしないのか、廃止しないならいっそのこと新十津川から目と鼻の間の滝川まで線路をつなげないものかと思うのですが。
  1. 2016/03/08(火) 21:35:06 |
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  3. trainrio #-
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