trainrioの世界

鉄道ファンの私、trainrioが、独自の鉄道趣味の世界を書いてゆきます。

3年振り3度目の札幌⑦

釧路時代の最初のマンションで同じ住人だった、共に西区に住むNさんとYさんのところにそれぞれお邪魔して、白石区の伯父宅に昼過ぎに戻りました。下の従兄と妹とで中でいろんなゲームをして遊んだり、テレビでドラマやアニメの再放送を見たりしました。
夕食と入浴を早めに済ませ、母も交えて「生き残り頭脳ゲーム」で遊びました。それまで一度も勝てなくてそわそわしていましたが、その日は無心でゲームを楽しみ、ようやく勝つことができて
「よっしゃー、初優勝だ!」
とえらく喜びました。
テレビでは、火曜日だったので、HBCで夜8時からの「木下ドラマシリーズ」の「すぐやる一家奮戦記」というドラマが、独特の主題歌のオープニングで始まっていました。そのドラマが終わるころに、僕たち3人は一週間お世話になった伯父宅をおいとまして、伯父の車で札幌駅に向かいました。
途中架線のない線路を踏切で通ったので、伯父に何線か聞くと、昔の千歳線とのことでした。後にその踏切が当時の国鉄東札幌駅近くだったこと、今は白石から新札幌副都心を経て上野幌北広島に通じる千歳線が、昔は苗穂からその東札幌・月寒・大谷地を経て上野幌に通じていて、月寒駅ではアサヒビール工場の引き込み線が接続していたことを知りました。
大通公園に差し掛かると、当然ながらテレビ塔がそびえるのが見え、電光掲示板のデジタル時計が
「21:○○」
と時を刻んでいました。
ようやく札幌駅に着き、駅前の駐車場に車を止めて、ホームまで行き、伯父も入場券を買ってホームに入り見送ってくれました。恐らく当時の8番線だったと思いますが、そこから発車する網走行き夜行急行「大雪5号」で北見に向かうことになりました。
札幌に向かう前に釧路駅のみどりの窓口で母が買ってくれた寝台券を見ていましたが、本当にこれから寝台車に乗るのかと思うと、もう鳥肌が立ち興奮して仕方がありませんでした。
当時の「大雪5号」は、A寝台・B寝台・グリーン車・普通車指定席と自由席そして荷物と郵便用の車両から成る12両の豪華編成で、仮にこれに食堂車が加われば、もうまさに1月の冬休み最後の日に見た洋画「カサンドラ・クロス」に出てきたヨーロッパ特急さながらでした。実際に寝台車に入ったとき、脳裏に「カサンドラ~」で列車に伝染病のキャリアが乗り込んでパニックになったシーンが思い浮かび、この「大雪5号」で同じようなシーンになったら、かえって面白いだろうと、不謹慎にも興奮し、また自分がリチャード・ハリス扮する医者になって乗客をパニックから救う様をも想像して一層ワクワクしました。
B寝台、今はつい先月まで運転されていた青森~札幌間の夜行急行「はまなす」の二段式や東京発着の唯一の寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」の一人用個室ばかりですが、当時乗ったのは三段式で幅も今主流の70cmに対して52cmと狭かったものの、僕にとっての初めての寝台車は、後に人気の「北斗星」「トワイライトエクスプレス」同様に豪華に感じられました。そして何より、この「大雪5号」こそ、4年前に初めて札幌に行く前に北見駅の1番ホームから網走に向かって行った、ブルーのかっこいい列車の正体だったのです。
発車前にホームで伯父と別れを惜しんで話していると、同じホーム向かいの9番線にED76型電気機関車に引かれた、小樽から釧路に向かう寝台付き夜行普通列車「からまつ」が滑り込んで止まりました。これに乗れば釧路に戻るんだなと当然のことを思いましたが、「からまつ」同様にこちらの「大雪」も同じ電気機関車が引くのを知っていて、その電機が引く列車で北見に行けるというのが夢のようでした。
発車前に伯父が帰り、それから5分くらいして、22時20分に出る「からまつ」よりも早い22時15分、「大雪」はゆっくりと札幌駅を出ました。すぐそばの手動式のドアが開いたままで発車したので、慌ててドアを閉めました。
寝台に戻り、中段に挟まれて狭い下段で窓から外をずっと見ていました。僕は一人で、母と妹が二人でベッドに寝ました。当時は大人と子供か子供二人で一つのベッドに寝れる時代でした。
母と妹はすっかり眠りに入りましたが、僕は初めての夜行列車の車窓を楽しみたく、また興奮で眠れなかったのもあってまだ起きていました。岩見沢に着くと、向かいの線路に客車が並んでいて、「余市行」の行き先表示板がはめられていました。後に知りましたが、当時は夏休みの時期に岩見沢と余市を結ぶ客車の普通列車が臨時運転されていて、小樽の蘭島や余市まで海水浴客を運んでいました。
岩見沢を出てひたすら夜の車窓を眺め、気が付くと砂川に止まりました。砂川駅は当時上砂川や歌志内からの石炭の集散地で、石炭を積んだ貨車でにぎわい、駅自体も今より大きい感じで、駅舎のホーム側にも大きく
「砂川駅」
の看板が掲げられ、石炭でにぎわっていたのをアピールするかのようでした。
僕にとってこの「大雪5号」は、初めての寝台車・客車列車そして電気機関車の引く列車で、寝台でなくても電機が引く客車というのがうれしくてうれしくて仕方がありませんでした。乗る列車がディーゼルカーばかりでなかなか客車に乗れず、まして電機は見ることさえそうそうないだけになおさらでした。そのうちさすがの僕も眠くなってきて、滝川に着くころにベッドに入りました。
スポンサーサイト
  1. 2016/04/04(月) 21:14:36|
  2. 鉄道
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
<<初めて朝に北見入り | ホーム | 3年振り3度目の札幌⑥>>

コメント

 とてもうらやましいです。

 リオ様、当時の急行大雪の10系客車の3段寝台に乗ったのですか、とてもうらやましいです。急行にもプルマン式A寝台が付いていた時代は、正に寝台客車の全盛期ですね。それだけ需要があったのだから、いい時代でした。小樽〜釧路間のカラマツは寝台車1両の付いた、普通列車だったでしょうか。ちなみに岩見沢〜余市間の夏の海水浴臨時列車は、90年台初期まで、50系客車でも運転されていました。あの時の窮屈な、クラシックな、でもどこか懐かしい、ぬくもりのある客車列車にまた乗りたいですね。
  1. 2016/04/04(月) 23:27:34 |
  2. URL |
  3. hagejs #-
  4. [ 編集 ]

Re:  とてもうらやましいです。

hagejs様、当時の10系客車の3段寝台に乗ったのは、これが唯一でした。夜行の大雪のA寝台はB寝台との半々の合造車で当時は貴重でしたが、それからJRになって北斗星のA寝台ロイヤルとB寝台ソロないしデュエットとの半々の合造車が生まれるとは。ともあれ旧型客車がまだまだ多くていい時代でした。そう、小樽〜釧路間の「からまつ」は夜行普通列車で寝台車2両連結されていましたが、上りは2両とも全区間で客扱いだったのが、下りはうち1両がなぜか小樽から池田までの客扱いで以降釧路まで回送扱いでした。実際大雪の向かいに「からまつ」が入線したとき、B寝台のうちの1両に「池田」の行き先表示板が付いていて
「あれ?何で池田行なの。釧路行のはずじゃ」
と不思議に思いました。
岩見沢〜余市間の夏の海水浴臨時列車は、90年代初期まで、50系客車でも運転されていたんですか。ED76とDD51の小樽でのリレーはその頃には定期運転ではなかったけど海水浴臨時列車であったんですね!海水浴列車は普段は岩見沢~小樽間運転の客車列車を余市まで延長していましたし。あの古めかしいボックスシートの客車列車、JR東日本や大井川鐵道で臨時運転と言わず日本全国で定期運転で再び!
  1. 2016/04/05(火) 20:32:31 |
  2. URL |
  3. trainrio #-
  4. [ 編集 ]

そうなんです。

 リオ様、そうなんです。50系客車で、岩見沢〜小樽間の普通列車が平日は8両で運転され、土日祝は4両に短縮されていたなおですが、海水浴シーズンのみ、8両で延長運転され、小樽からはDD51で「らんしま」のヘットマークを付けて運転していましたが、利用が少なく、延長運転は廃止され、その後は客車そのものが無くなってしまいました。
  1. 2016/04/05(火) 20:58:37 |
  2. URL |
  3. hagejs #-
  4. [ 編集 ]

Re: そうなんです。

hagejs様、90年代前半は50系客車で、岩見沢〜小樽間の普通列車が平日は8両で運転され、土日祝は4両に短縮されていたのが、海水浴シーズンのみ、8両で延長運転され、小樽からはDD51で「らんしま」のヘットマークを付けて運転していたのですね。しかしその頃は車が主流で利用客も減り、延長運転がなくなるのも当然の流れだったんでしょう。追い追い書きますが、91年夏に7年振りに北海道に行き、札幌に寄って小樽のホテルに戻る際に狙ってED76-500の引く50系の普通列車に乗りましたが、こちらも8両でした。しかし確かに今思えば余市への海水浴列車はこの年にはありませんでしたね。7年の間、他のことにかまけて北海道には見向きもせず余市への海水浴列車や50系客車の小樽~岩見沢間の列車のことなど目も暮れませんでしたが、すっかり現地の鉄道の状況も変わったのですね。
  1. 2016/04/05(火) 21:24:56 |
  2. URL |
  3. trainrio #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://trainrio.blog.fc2.com/tb.php/62-2564c094
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)