trainrioの世界

鉄道ファンの私、trainrioが、独自の鉄道趣味の世界を書いてゆきます。

初めて朝に北見入り

初めての寝台車で興奮して眠れなかった僕もさすがに滝川で眠りに就き、目が覚めると列車は既に旭川で電機から当時の日本のディーゼル機関車の主力だったDD51型ディーゼル機関車に変わり、また遠軽で進行方向も変わっていました。石北本線で北見から西の線路を通るのは、北見時代の74年以来3年振りでした。
外は既に日が差していて、ベッドから起きて通路に出て車窓を眺めていると、今は廃止されて信号場になった金華駅を通過しました。北見時代に札幌に行った際に通過していたはずでしたが、当時は認識せず、今回初めてこの駅を知りました。金華の次の留辺蘂に1分ほど停車し、それから10分くらいして見慣れた大通りの踏切やビルが目に飛び込んだところで、朝5時50分、故郷の北見に着きました。車内放送で北見から先終点の網走まで普通列車として運転されることを知り、急行として運転されてきた列車が途中駅から普通列車に変わるパターンがあるのに驚きました。
駅正面左側の降車口を抜け、15分ほど歩いて、母の実家に着きました。これまで北見に着くときは昼か夕方か夜で、夜行列車で朝着くのは初めてでしたが、朝のひんやりした空気の中で母の実家に入るのはすがすがしいものでした。ただ、今回は実家が改装工事をしていて、夜部屋に寝泊まりすることができないため、隣の母方の祖母方の大伯母宅に寝泊まりしました。
朝着いたので、大伯母宅の台所では朝ご飯の用意をしていて、ご飯の炊けた湯気と味噌汁のにおいがしました。居間で朝ご飯をごちそうになり、玄関前で従兄弟たちと遊びつつ、同時に玄関に立って大伯母たちに寝台車に乗ったうれしさを話し、徐々にエスカレートして得意の鉄道のうんちくを傾けると、母に遠くから
「兄ちゃん、やめなさいよ」
と、鉄道の話ばかりするのをたしなめられたので、再び外に出て妹や従弟と遊びました。
この日は、昼間は近くで遊んだ後、夜は自営するクリーニング店から戻った伯父伯母や従兄たちと大伯母宅で夕食を取り、2階の部屋に集まってワイワイガヤガヤとお茶やおしゃべりに明け暮れました。札幌で買ってもらった、電熱で発泡スチロールの板を切る玩具「シュルシュルカッター」を出すと、従兄がそれでマニュアルを元にスチロール板を切って、象を作ってくれました。その象を見て伯父が
「下手くそな象だな」
と笑っていました。
お風呂もいつもなら近くの銭湯に行くところでしたが、大伯母宅にあるお風呂に入りました。実家が改装中とはいうものの、大伯母宅は鍼灸院をやっていてお灸のもぐさに火を付ける線香のにおいや、自宅前の小屋で大伯父が動物病院をやっていて動物の消毒薬のにおいが強く、また2階の寝泊まりする部屋には若くして戦争や風邪をこじらせて亡くなった大伯母の兄弟たちの遺影が掛けられていて、その日にお邪魔して帰るならまだしも、そのにおいや遺影がある中で寝泊まりするのは、申し訳ないのを承知でとても気味が悪くストレスでした。
スポンサーサイト
  1. 2016/04/07(木) 21:34:22|
  2. 鉄道
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<温水プールで泳ぐ | ホーム | 3年振り3度目の札幌⑦>>

コメント

豪華なリレー

 リオ様、道内の寝台急行が、電気とDDとリレーして網走まで行くのは、今となってはとても贅沢な時間でしたね。87年に急行利尻で稚内まで高校の大会があり、乗ったのですが、あの時の牽引機は何だった、よく見ておけばよかったと後悔しています。あの頃は14系で3段から2段に改造されており、遂に3段寝台は乗れずに終わりました。581系ならチャンスがあったのですが、自分の時の修学旅行は函館まで足を伸ばしていた、特急日本海でした。
  1. 2016/04/09(土) 12:43:40 |
  2. URL |
  3. hagejs #-
  4. [ 編集 ]

Re: 豪華なリレー

hagejs様、道内での電機とディーゼルのリレーは、夜行急行や長距離鈍行で札幌から網走ほか稚内もですし、函館から札幌や旭川、小樽から釧路もあってとても楽しめました。短距離の鈍行でも岩見沢~倶知安や小樽~追分(岩見沢経由)が電機とディーゼルとのリレーでした。87年の急行利尻はDD51で全区間だったと思います。ちょうど国鉄からJRへの移行期は、札幌から網走・稚内への便はディーゼル単独で経費節減でした。このころは全国的に客車B寝台が二段に改造されて、三段は当時の「出雲3・2号」に夜行バス対抗で残るのみでした。道内の高校の修学旅行は大方が関西方面で必ずと言っていいくらい「日本海」を利用していましたよね。追い追い書きますが、僕たちの時代はまだ連絡船で青森から乗っていまして、僕が首都圏に移った翌年の高校2年の4月、札幌の中学時代の友人が高校の修学旅行でまず「日本海」で大阪へ行き、それから新幹線で東京へ、最後に上野から「ゆうづる」で帰る行程で、あらかじめ手紙で上野駅の団体待合所に集まることを教えてもらい、当日上野駅に行って友人や同じ高校に進んだ同期たちと思わぬ再会を果たし、当時の高校で不適応に苦しんでいたことも忘れるほどのうれしさに浸りました。
  1. 2016/04/09(土) 21:29:16 |
  2. URL |
  3. trainrio #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://trainrio.blog.fc2.com/tb.php/63-616f523e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)