trainrioの世界

鉄道ファンの私、trainrioが、独自の鉄道趣味の世界を書いてゆきます。

釧路での最後のサイクリング

転勤を知らされる前から、示し合わせたように、厚生年金体育館や学校、近くの会館で公演を見ることが短期間のうちに続き、運動オンチや給食の偏食をクラスで白眼視されて肩身が狭かった僕に、あたかも
「元気出しな!」
とエールを送っているような気がしました。

釧路で最後の観劇から週末をまたいでまだ1週間もたたない11月23日の水曜日、勤労感謝の日で学校が休みだったので、母と妹の3人で、夏休みにクラス有志で行った西港公園へサイクリングに行きました。父はこの日は仕事でした。
朝10時くらいに家を出て、まだ整備されていなかった砂利道のままの雄別鉄道跡の盛り土から、先はサイクリングロードとして舗装整備された釧路川に架かる鶴見橋を経て、旧雄鉄昭和駅の建物や蒸気機関車の動輪を飾った記念のオブジェを横切り、途中南下して国鉄の線路をまたぎ、新富士駅南側の西港公園にたどり着きました。
公園に着くと、ブランコ、滑り台等の遊具でまず遊びました。晴れていて、外出日和の気持ちいい天気で、爽快でした。正午を過ぎたところで母が作って持って来たお弁当を食べました。
食べ終わると、少し休んで再び遊具で遊び、小高い丘に上って新富士駅構内に止まっていた貨車群を眺めました。駅から公園を挟んで向かいの沿岸近くでは、新しい石油タンクが建てられ、横には線路が敷かれていました。新たに鉄道の線路が敷かれるのはそうそう見ないだけに、何ができるのかと興味津々でした。
再び新富士駅構内を見ると、止まっていたとび色の箱型の貨車の編成が機関車に押されて、左側に向かう引き込み線に入っていきました。駅に接続していた、十條製紙(現・日本製紙)の工場に向かう引き込み線で、おそらく紙を積み出すために、貨車を入れたのでしょう。近くで同様に駅構内を見ていた家族連れのお父さんが
「貨車が工場に入って行ったよ」
と家族に言っているのが聞こえました。

十條製紙、赤と白の縞の煙突が印象的で、春の遠足や秋のマラソン大会、個人で釧路川沿いの河畔公園に行くと必ず目に入り、釧路時代の思い出の光景の一つでした。
工場から国道38号線を挟んで向かいには、工場直属の十條サービスセンターというショッピングセンターがあり、母と妹の3人で愛国から労災病院や雪印、スーパーまつだや石黒ホーマー(現・ホーマックを)の横を歩いて国道の三差路そばの「三共」というバス停まで歩いてそこからバスに乗って何度か行きました。センター内には当時噴水があり、小銭を投げ入れると願い事がかなうとされていたようで、ローマのトレビの泉にあやかったのか
「十(クルス)の泉」
と名付けられていて、「十」を十字架に掛けてローマ風に「クルス」と読ませていたのが美しく思えました。当時は疑問を感じませんでしたが、後年「十(クルス)」が何のことかと思っていたら、ネット上の憶測ですが、十條製紙の「十」と知って納得しました。
更に、工場の西隣りには鳥取神社があり、実家が神道の母が厄年で釧路に越した直後にお祓いに行き、また、神社の隣には冬にスケートリンクになるマンモスプールがあって学校の夏のプール授業や夏休みに泳ぎに行ったりと、釧路の思い出の一つになりました。後年そのマンモスプールが当時十條製紙の附属施設で、工場の排熱をプールの温水に利用していたこと、冬はスケートリンクで開放のほか十條製紙アイスホッケー部(今の日本製紙クレインズの前身)の練習場でもあったことを知りました。

再び西港公園で、貨車が引き込み線に入るのを見届けて、丘を下りて名残を惜しむようにブランコや滑り台で遊び、まだ日の沈まない明るいうちに、公園を後にして行きのルートを逆に走り、暗くなるかならないかの夕方4時に帰宅しました。
家から盛り土までは春の遠足、鶴見橋から途中南下するまでは4月末にFC君たち母子と阿寒方面に行ったサイクリング、そしてそこから公園までは夏休み前の終業式後にクラス有志で行ったサイクリングのまさに再現で、今回の家族3人だけのサイクリングは、釧路時代、特に3年になった当年の遠足やサイクリングのちょうど総集編になりました。転勤まで1週間になり、これまでの遠足やサイクリングが一層思い出に刻まれました。
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  1. 2016/12/15(木) 12:32:06|
  2. その他
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  4. | コメント:2
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コメント

どれもこれも

 リオ様、11月の下旬のサイクリングは、晴天といえども、とても寒かったのでは? でも、それ以上に家族との時間、これまでの思い出が溢れてくる時間、全てが温かい時間でしたね。ここに出てくる道路、建物、風景は全て自身と時間が重なります。いよいよ、離れる時がきましたね。西港公園、現在も現役ですが、もう、家族で敷物を広げ弁当という光景は無いようです。老朽化と設備の撤去、閉鎖。財政難と人口減、時代の流れで、いたしかたないのでしょうか。
  1. 2016/12/20(火) 22:16:26 |
  2. URL |
  3. 釧路探訪記、管理人 #-
  4. [ 編集 ]

Re: どれもこれも

釧路探訪記管理人様、サイクリングは11月下旬といえども、自転車をこぐのに必死で寒さなど感じませんでした。それにしても西港公園は今や家族連れの姿などないのですね。それで釧路の将来が途絶えないことを願うばかり。管理人様と余りにも釧路時代の思い出が共通することに、深い縁を感じます。
  1. 2016/12/21(水) 00:24:44 |
  2. URL |
  3. trainrio #-
  4. [ 編集 ]

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