trainrioの世界

鉄道ファンの私、trainrioが、独自の鉄道趣味の世界を書いてゆきます。

さよなら釧路

釧路最後の登校を終えて住まいを出、旅館での一夜が明けた11月30日水曜日の朝6時、僕はみんなよりも一足早く目が覚めました。窓から釧路駅を見ていて、11月といえどこの時間帯はまだ明るく、6時15分に札幌からの夜行急行「狩勝4号」が着き、それに接続して6時25分発根室行き急行「ノサップ1号」と後続の6時41分発根室行き客車鈍行そして6時31分発の網走行き気動車鈍行が出ていましたが、それらには目も暮れず、6時45分発の函館行き特急「おおぞら1号」の発車を待ち、駅舎左手から列車が出て行くのを見届けて、着替え等支度をしました。
家族全員で1階の食堂に行き、カレー等の一品ものに目が向きましたが、父が
「定食にしなさい」
と言ったので、全員して朝定食を食べました。これまで外食では一品料理ばかり食べていたので、定食は初めてで意外でしたが、ご飯に味噌汁、焼き魚、煮物と、家庭料理そのもので、釧路を離れる緊張感の中で食堂内のテレビの音声を耳にしながら釧路最後の朝食を終え、一旦部屋に戻りました。よくよく思えば、3年前に北見から釧路に来てすぐ泊まった旅館の翌朝の朝食も、先のと同じような定食でした。
僕と父の部屋に母と妹と祖母も集まり、母が
「兄ちゃん、これ」
と言って、青い小袋に入ったお菓子をくれ、開けて食べました。薄く焼いたクッキーに白いクリームみたいなのが挟まれていましたが、今まで食べた中で「ガツン!」とパンチの効いたおいしさが口一杯に広がり、更にもう一枚食べました。このお菓子こそ、今や北海道を代表する銘菓「白い恋人」で、クッキーみたいな生地は「ラングドシャー」といい、それに挟まれた白いクリームみたいなのはホワイトチョコで、今まで食べてきたチョコレート菓子が色あせて見えるほどでした。
身なりを整え荷物を持って旅館を出、目の前の釧路駅に向かうと、父の会社の人たちを始め2年のときまでの同級生の女子TNさんのお母さん、前のマンションのご近所さんたちが見送りに来ていました。
父が会社の人たちと、母がTNさんのお母さんやご近所さんたちと話しながらお互いに別れを惜しみ、全員で改札前の1番ホームに出、僕たち5人は止まっていた函館行き特急「おおぞら2号」に乗りました。列車に乗るとき、横にいた祖母に
「ばあちゃん釧路から札幌に汽車乗るの初めてだよね」
と言いましたが、当然ながら普段北見にいて普通に考えれば札幌に行くなら北見から直行となるところが、引越しの手伝いとは言え祖母が一旦釧路に来てそこから札幌に行くというのが珍しく、印象的でした。
ホーム側の席に全員して座り、集まった人たちが僕たちの席に向かって、父の前途を願う言葉をかけ、最後に全員して
「バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!」
と転勤等で見送り恒例の万歳三唱をして、9時20分、発車の汽笛と共に思い出多い釧路を後にしました。前年10月に父の上司のMKさん一家が札幌に転勤するときに乗ったのと同じ列車に、今度は僕たちが乗って札幌に向かおうとしていました。そして何より、夏休みに同じ列車で札幌に旅行に行ったのが、今度は旅行でなく釧路には戻らない札幌転勤で、何とも言えない感慨がわき上がりました。
車内放送が流れる中、右手の機関区と客貨車区、新釧路川を渡って南側にサイクリングで2度行った西港臨海公園と北側に十條製紙を望む新富士駅、そして本州製紙と阿寒湖に向かう国道240号線を望む大楽毛駅と、もう二度と見ることはないであろう釧路の風景が川の急流のように過ぎていきました。
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  1. 2017/01/13(金) 21:44:47|
  2. 鉄道
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  4. | コメント:2
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コメント

寂しさ

 リオ様、車窓を眺めながら、思い出の風景を目に焼き付けて、、、
今度はいつ釧路に来れるか、、、全く予想のつかない子供心、見慣れた車窓が、これが最後になるかもしれない、、、 多くの人々の、釧路駅ホームでの見送り、バンザイ三唱、本当に人と人との繋がりが強く、温かった昭和の日本の風景ですね。子供心にはどのように写ったのか、、、なんとなく想像がつくような気がします。釧路を離れて初めて釧路の街の良さが見えるのは、進学で札幌に移った自身にもよく分かります。札幌のほうが電車、気動車、貨物車等、多くの車両を見ることができるのですが。
札幌に来て初めて電気機関車ED76を見た時は、北海道にもELがいるんだ、と驚いた19の春でした。
  1. 2017/01/16(月) 21:03:49 |
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  3. 函館不名誉市民 #-
  4. [ 編集 ]

Re: 寂しさ

函館不名誉市民様、釧路や北見の良さは、つくづく札幌や後年都会に移ってからわかることになります。万歳三唱やら転勤前の同級生やご近所さんたちの別れ惜しみやら、昭和の世界はまさに「三丁目の夕日」の世界で温かい人の血が通っていました。北海道の地方なら大方は札幌や本州に来てからわかるでしょうが、北海道にも電車や電気機関車があると知った感激は他のどんな鉄道車両を見たときにも勝ります。
  1. 2017/01/16(月) 22:59:14 |
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  3. trainrio #-
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